日の出町すぎ病院 院長 (日本糖尿病学会専門医)
名取 省一
糖尿病はなぜ治療する必要があるのか?という疑問をお持ちの糖尿病患者さんもいらっしゃるかと思います。一言でいえば糖尿病の慢性合併症を阻止するためです。合併症としては全身の血管合併症すなわち細い血管合併症である網膜症、腎症、神経障害と高血糖が動脈硬化症を助長することで発症する心筋梗塞、狭心症、脳血管障害などが代表的な糖尿病の合併症です。網膜症、腎症、神経障害は細い血管の合併症であり、糖尿病との因果関係が判明している特徴的な合併症のため、以前から「糖尿病の三大合併症」と言われています。これらの合併症は通常血糖コントロール不良状態(HbA1c(ヘモグロビンエイワンシー)8%以上)が少なくとも10年以上続いた状態で出現すると言われています。従いまして、初めて血糖値で糖尿病の診断を受けた時点で網膜症があれば発症は10年以上前だと推察され、いろいろ問診をしますと10年位前に体重が減少し、口渇や多尿を感じていたということが聞き取れますし、そして、その後血糖値を測る機会はなかったということです。
一方、動脈硬化症を基礎疾患として発症する心筋梗塞、狭心症、脳血管障害は糖尿病だけでなく高血圧、高脂血症、肥満や喫煙などの危険因子が重なって出現するため、軽症糖尿病の方や境界型糖尿病の方であっても高血圧、高脂血症、肥満のコントロールや禁煙ができていない場合は発症することがあり注意が必要です。心筋梗塞や狭心症などの心臓疾患と脳血管疾患を合わせると、残念ながら日本人の死因の2位(年間31万人)になります。ちなみに、日本人死因の第1位が「がん」(年間37万人)で、これに近い数字となります。さらに、近年、歯周病や認知症および一部の癌は高血糖と密接な関連性があることが証明されてきており、広義の合併症に含まれています。
また、血糖コントロール不良状態であれば感染症(肺炎、尿路感染症など様々な感染症)にかかりやすく、また、逆に、治りにくいと言われています。しかしながら、「良い血糖コントロール」すなわちHbA1cを7%以下に維持していけばこれらの合併症は出現しにくくなります。そのためにも糖尿病の治療を行う、つまり「良い血糖コントロ-ル」を維持する必要があるのです。
しかしながら、糖尿病の治療は難しいという話をよく聞きます。なぜなのでしょうか? それは、食事療法と運動療法が上手くいっていないと、いくら多くの血糖降下薬を服用していても、いくら多くのインスリン注射を行っていても血糖は良好にコントロールされないからです。食事療法も運動療法も「自己管理」がキーワードとなりますが、生活の一部として習慣になっていればさほど苦にならないのですが、腹一杯食べて、ごろんと寝そべっていたい欲求を抑えることは難しいためです。
糖尿病治療の困難さのもう一つの理由として、血糖が多少上昇してもほとんど無症状であるということです。糖尿病の四大症状として口渇、多飲、多尿、体重減少が有名ですが、このような症状が出現する場合の血糖値は個人差は多少ありますが、大体300〜500mg/dLのかなりの高血糖状態でないと出現しません。言い換えますと血糖値200台だと無症状の方が多いのです。症状がないと治療意欲は低下しかねないのですが、合併症は確実に進んでいきます。従いまして、食事療法や運動療法のみの非薬物療法の方で、自覚症状に乏しい方でも定期的に病院を受診されて血糖値やHbA1cを測定する必要があります。
2017年4月27日